teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


寂しい

 投稿者:charuの母  投稿日:2019年 3月11日(月)12時30分19秒
  私がパソコンを始めるきっかけ、となったのが、砂せんせいの「わがはい チビ丸」でした。
チビ丸パーテイにも 3回出席しましたよ。あれから、15年~・・・なつかしいです。
 いつかお別れする日は、誰にでも訪れますが、やっぱり、寂しい!
初めて砂せんせいや、みなさまとお会いした時に撮ってもらった写真をリビングに飾って偲んでます。
 
 

ショック・・・

 投稿者:にゃんこの友  投稿日:2019年 3月11日(月)10時02分55秒
  ワタシも砂せんせーの訃報を新聞で知りました。すごくショックです・・・具合が悪いなんて、全然知らなかったです。。。

砂せんせーにチビ丸パーティーでお会いしたのが忘れられません(>_<)砂せんせーのご冥福お祈り致します.。o○
 

砂川先生

 投稿者:ねこっこ  投稿日:2019年 3月11日(月)01時47分43秒
  愛しいチビ丸たちのお陰で、私の人生どんなに楽しいものになったか、言葉にはいい尽くせません。
ほんとうにありがとうございました。
チビ丸の最終回の頃のあの悲しさとWEB版のチビ丸をみつけた時のあの喜び、勇気を出してコレ1ピンさんのパーティーに参加して憧れの先生初めてお会いしたこと、そしてそこから始まったチビ丸の輪が、私の人生を広げて豊かなものにしてくれたとずっと思っていました。それをもっと先生に伝えたかったです。
デカ丸さん、今頃先生と楽しくお話ししてるといいな。
 

言い忘れた弔辞の続き

 投稿者:梅堂雅和  投稿日:2019年 3月11日(月)00時13分43秒
  昨日の弔事に付け加えまして、砂川先生には冥府の世界でよろしくとお伝え願いたい方が3名と、猫が1匹います。
最初は、1996年10月22日付の話でお亡くなりになられたおじいさん。選挙の投票率が低いと嘆いていたのは19日の話ですが、死ぬ前に不在者投票に行かないといけないと言い出して、布団から飛び出して投票に行かれました。
22日の話では、投票率が低かったものの、家族全員が投票に行ったことを聴いて、安心して冥府へと旅立たれました。その方に、4月の大阪の選挙が混沌としていることをお伝えいただいたら、どんな顔をするのだろうか。
そして、2002年1月8日の話では、豪助が猫たちと朝比奈隆氏の音楽を聴いておられました。朝比奈氏と、昨今のクラシツク音楽のことや音響技術、映像技術の進歩について語り合ったら、どのようなことになっているだろうか。音楽に関する造詣が深いもの同士で、大激論を交わしあったら…
猫のことを申し上げれば、2002年6月ごろ、チビ丸の母親、タマちゃんが登場したことでしょうか。チビ丸は今も元気で銀田一家の周りで頑張っていることを、お伝えいただければ何よりです。
最後に、2007年6月11日にお亡くなりになられたデカ丸さまとも。向うの世界でも、どうか仲良くやってください。チビ丸の世界のことや、Midi音楽のこと。そして、猫たちのことなど。ここでの大黒柱ともいえる存在でした。12年前に早逝されたことが、残念でなりません。

逆に、チビ丸の世界でご高齢のキャラクターに焦点を当ててみたらどうなっているのか。フィクションのオヨヨ商事の世界では、こうなっています。
ジッサマバッサマ:子供である証券マンのノン子とショーイチの父と、オヨヨ商事の社員であるゴン太の母親。この2人が手分けして時折世話しておりますが、元気がありすぎるくらいなので、まだまだ介護の必要はありません。周辺の公園の池の周りを、時折散歩されておられます。
銀田一豪助氏:一徹が多忙なので、リリ子が中心となって面倒を見ていますが、初期のころのように、寝たきり生活に戻ることのないよう、食生活や健康管理に気を使われています。
空穴稲造氏:京都の山奥で、農業に携わっておられます。時折、娘の八百万円さん(Madoka,Yaoyorozu)にお会いするため、東京に出てきます。
エサやりばあさん:天気がいい日は、公園に来てボスノラたちにえさを与えています。
ざっといえば、こんな感じで。
 

砂川先生ありがとうございました

 投稿者:エリザベス  投稿日:2019年 3月10日(日)17時27分40秒
  昨日の新聞で先生の訃報を知りました。

チビ丸やワガハイくん、チャンやコトメチャン、たくさんの楽しいキャラクターとお話で楽しませてくださり、この広場でたくさんの方と知り合い、あれこれ悩んで凹んだ時にいろいろと書き込みさせていただき、どれほど心を癒やして頂いたことか!

本当に一期一会、一度だけパーチーにも参加させていただき、直接ポッチャマのじいやのマネを伺えたことが本当に楽しくありがたい思い出です。

我が家も父が目を患い、デイサービスのお世話になったりして、段々と家族のことでこちらにお邪魔する機会が減って来たことは否めませんが、いつも書き込みさせていただけることが楽しみでした。

このような場を与えてくださった、砂川先生ありがとうございました。あちらの世界でもきっと楽しい漫画を書いて、みんなを楽しませてくださると存じます。

砂川先生、ありがとうございました!
 

砂川先生!

 投稿者:ボニ―  投稿日:2019年 3月10日(日)11時47分0秒
  本当に残念です・・・

ご冥福をお祈りいたします。

 ありがとうございました。
 

砂川先生のご冥福をお祈りいたします

 投稿者:黒之進  投稿日:2019年 3月10日(日)08時11分31秒
編集済
  あの日、朝日新聞掲載の4コマ漫画が終了と発表された日に、新聞社に電話をしたのが
きっかけで、お付き合いが始まりました。

ワガハイやチビ丸のおかげで、全国に、たくさんのお友達ができました。
チビ丸パーティーで、砂川先生にお目にかかり、先生の優しさやユニークさが漫画に反映されているんだと感心したものです。
先生はチビ丸にすごく似ているとその時、思いました。
先生に、そう話したら、そうかな~なんて言いながら、いたずらっ子のように笑っていたのを
思い出されます。

この掲示板も砂川先生が、皆さんの為に残してくださっていたと聞いております。
本当に感謝しかありません。

少し前に体調がお悪いと伺っておりました。
次回、また、チビ丸パーティーでお目にかかれると思っておりましたので、
本当に残念でたまりません。
砂先生!ゆっくり休んでくださいね・・・ありがとうございました。

 

驚かされた突然の訃報

 投稿者:梅堂雅和  投稿日:2019年 3月 9日(土)22時56分40秒
  今朝の朝日新聞(西部本社版除く)の社会面を見た時、目を疑う記事を見かけました。館長であり、チビ丸の世界の原作者である砂川先生がお亡くなりになられた一報を目にして、本当なのかと思い、デジタル版で東京―名古屋―大阪―西部の各本社版を読んだところ、西部本社版以外に訃報が掲載されていたため、本当であったことが、誠に残念でなりません。
1996年4月1日から連載が始まったMr,ボォ、そして途中で改題したワガハイ。Webに移ったチビ丸の世界。そして、ここでうちが語らせていただいたスピンオフのフィクションのオヨヨ商事の世界。これらの世界で、長いこと立たせていただく舞台を提供してくださった先生には、お礼の言葉を申し上げる次第でございます。永い間、本当にありがとうございました。
登場するキャラクター銘々からのお悔やみのお言葉を考えさせていただき、ここに掲載するのは、賛否両論あろうかと思いますので、現段階では控えさせていただきます。
不況に負けず、登場する1人1人のキャラクターと猫たち。それぞれの細かい個性を活かし、そしてそれらの立場から観た世の中を表現すること。チビ丸の世界は、この大原則を、日々繰り返してこられました。スピンオフは原作がある限り、どこまでも枝分かれし、続いて行くもの。無限の可能性に挑戦することが、長年の若手読者に課せられた使命です。
 

皆様へ

 投稿者:豆はんてん  投稿日:2019年 3月 9日(土)09時44分49秒
  私も先ほど知り、大変ショックです。先生、ノラの助とチビ丸の「ひっし!」忘れません。皆様とともにご冥福をお祈り致します。  

チビ丸先生ご逝去の訃報

 投稿者:にゃん太  投稿日:2019年 3月 9日(土)08時54分40秒
  今朝の報道です。心からご冥福をお祈り申し上げます。

朝日新聞夕刊で「Mr.ボオ」「ワガハイ」を連載した漫画家の砂川しげひさ(すながわ・しげひさ、本名・砂川惠永)さんが6日、うっ血性心不全で死去した。77歳だった。葬儀は近親者で営む。喪主は妻妙子さん。

 代表作に「寄らば斬るド」。2007年に「タマちゃんとチビ丸」で日本漫画家協会賞大賞。朝日新聞夕刊では1996年から「Mr.ボオ」を連載し、00年に「ワガハイ」と改題して02年まで続けた。クラシック音楽についてのエッセーも週刊朝日で連載した。
 

レンタル掲示板
/304